『小ざさのこだわり最中』(イベント) 古屋 英司 2018.6.2』                       

2018-06-02

 

 

皆さん、いかがお過ごしですか。

 

リフォームのふるやでは、6月26日にイベントを開催します。

 

お茶菓子にお出しするのが、小ざさの最中

 

1日になんと1万個以売れるそうです。

 

しかも、小ざさ販売しているのは、この最中と羊羹だけです。

 

 

 

お店は吉祥寺にあり1坪しかありません。

 

 

社長の著書 『一坪の奇跡』を読ませていただきましたが

 

やはり、それだけ商品が売れるのにはそれなりの理由があることを感じました。

 

奇跡ではなく必然です。

6月26日 会社でお待ちしております。

 

イベント案内

 

一部抜粋をしましたのでご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小ざさの最中への思い

 

一坪の奇跡

40年以上行列が途切れない吉祥寺「小(お)ざさ」味と仕事

小ざさ社長 稲垣篤子

 

プロローグ 40年以上、早朝からできる行列の裏で

 

1951年11月19日。その年の春に高校を卒業したばかりの私は東京吉祥寺の7号通り、現在のダイヤ街の外れの畳1畳分しかない屋台にたった一人で立っていました。

その場所は市からの借り物で、建物を建てることが出来ません。

私は毎朝、柱や土台の木材を運んでは組立て、夜になると一本残らず片付けて帰るのです。

開店時間は朝8時から夜9時まで。365日1日の休みもありません。

身動きが取れないほど狭い店の中で、12時間立ちっぱなしというのはとても辛いものでしたが、父が作ったこし餡の団子を一生懸命売りました。

その年の12月、吉祥寺に雪が降りました。

夜8時過ぎに仕事を終え、いつも置かせてもらっている花屋さんの敷地に屋台の柱や土台を片づけました。

お団子が売れて空になった銀本を入れた番(ばん)重(じゅう)(和菓子を運ぶ木の箱)を自転車に乗せ、冷たいハンドルを手で引いて帰路につきましたが、寒くて寒くて身が凍り付きそうでした。

いつもより帰りが遅かったからでしょうか、玄関を入ると父が土間で待っていました。

その姿を見た瞬間、私の目から涙がこぼれました。

「泣くな!」

父が私に向かって大声で怒鳴りました。その厳しい声を聞いて私は大声をあげて泣いてしまいました。

父がより一層声を荒げて怒鳴りました。

「家のない人たちもいるんだ!泣くもんじゃない」

私が屋台で売る団子に、父方と母方の祖母、母方の叔父、私の両親、私と4人の兄弟の家族10人、それに父のいとこ一家6人の計16人の生活がかかっていました。確かに私は泣いているわけにはいきません

家族を支えていかなければならないのです。

この時私はどんなに辛いことがあっても、もう2度と泣かないと心に決めました。

一日一万個売れる「もなか」の形

 

もなかの餡は二種あり、大納言小豆と「手(て)亡(ぼ)」と呼ばれる白豆で、いずれもつぶ餡です。もなかは普通の日で一日一万個、よく出るのは年末で、最高で一日4万個売れたこともあります。

羊羹は一日三釜分、150本が限界ですが、もなかの豆は大釜で炊き、練りの工程も少し違うので、多く作れます。もなかでよく見かけるのは梅の花びらや半月の形をしたものですが、小ざさの最中の形はちょっと変わっていて、「霊芝」というキノコを象っています。

中国に伝わる千年もつという伝説のキノコで、「小ざさのもなかも、霊芝のように長く愛されるように」との意味が込められています。

やや小ぶりの食べやすい大きさと、あまり甘くないのが特徴ですが、「甘くない」訳ではありません。しつこくない、マイルドな甘さにするために餡の作り方にも材料の砂糖にもいろいろな工夫があるのです。先ず炊いた豆に最初にするのが「蜜漬け」です。

大きな釜に炊いた豆を入れ、そこに砂糖を溶かし、それを何度も繰り返すことで、豆と蜜がムラなく溶け合わさった状態になります。これを一日か二日置くと、豆に砂糖がしみてなじんだ味になるのです。

 

“丸い味を求めて”

 

蜜漬けに使う砂糖は、大きめの物を製糖会社に特別に作ってもらいます。その会社とは父の代からのお付き合いですが、小ざさには決まった大きさの砂糖が必要なので、粒の大きさを指定し、小ざさ特性の砂糖を作ってもらうことにしています。砂糖の大きさは、上品な甘さにつながります。父は「もなかの栞(しおり)」にこう書いています。

《原料本来の特色を生かし、砂糖の甘みをならす。言い方をかえますと、丸い味とすることが和生菓子を創る上の、究極の奥義と信じます》

父独特の表現ですが粒の大きな砂糖でないと、まろやかな甘み、上品な甘さの”丸い味“にはならないのです。

最中の餡に「呉」を入れる店は少ないと思いますが、「蜜漬け」と「水飴」で粒餡の歯触りとなめらかさ、丸い味を引き出し、そこに呉を加えることで豆の風味がより強く出るのです。呉も出来立てが一番美味しいので入れるタイミングを計ります。

豆を煮る人、蜜漬けをする人、「呉」を作る人、製餡をする人、それぞれが呼吸を合わさなければ美味しいものは作れません。ですから釜場に漂う空気のようなもの、スタッフの気持ちの状態がとても大切なのです。

種屋さんとは運命共同体

 

 

もなかの皮はもち米をついて薄く焼いたもので「種(たね)」と呼び、専門の種屋さんで特別に作ってもらっています。もう60年も前、現在の西東京市に住む腕のいい職人さんを見つけ出し初めて皮を注文しに行ったときに、父はこう話したそうです。

「うちに種を卸すと思わないで、一緒に吉祥寺の店で売っていると思ってください」

種屋さんは一生懸命美味しい種を作って下さり代替わりした今も小ざさのもなかの皮を作り続けてくれています。今では小ざさのへの納品が増えたため工場を移し、青梅街道沿いにビルを構えています。その種屋さんの新社長に私は「あなたは皮、私はあんこ、だから私たちは運命共同体です」と言いました。

「共同体」という言葉に種屋さんはとても喜んでくれました。

皮は材料であるお米が持っている本来の美味しさと、かすかに焦がしてある香ばしさが命です。そこに餡を詰めると、皮は餡の水分を吸ってしっとりとし、もなかとして美味しい状態が続きます。

 

 

エピローグ125歳まで現役で

 

 

小ざさの歩みを振り返ることは、私の人生を振り返る事でした。

子供の頃の思い出、戦中、戦後の苦しかった時代。小ざさを創業した父のお菓子作りにかけた情熱と執念、私への厳しい教え、父を陰で支えながら家族をまとめてきた母の姿。私に生きる知恵を与えてくれた、いまも心に残る祖母の言葉。

小ざさの物語は、明治の激動期から現代に至る私たち家族の物語でもあります。

これまでに苦しいこともたくさんありました。でも、そのつど自分が出来ることは目いっぱいやってきたという思いがあります。中途半端で終わってしまったら悔いが残ります。

最近は大人たちも若い人たちも、みんな元気がないような気がして仕方ありません。

最初から壁にぶつかるのを避けているようで、ちょっと残念な気がするのです。

怖くてもなんでも、思い切りぶつかって、転んだらまた起き上がればいい。

ダメだったら今度はこうしよう、ああしようと考えればいい。

私は今年78歳になりましたが、まだまだ現役、125歳まで羊羹を練り続ける気持ちでいます。

そんな私の言葉が、何かしらみなさんの生きるヒントになれば本当に嬉しい限りです。

 

 

 

 

今日の言葉

『天や運を味方につける』

 

懸命な努力、自分や仲間を信じる心、

そして絶対にやり遂げるという強い志という三つがあれば、

必ず天や運は味方をしてくれる
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村上和雄(筑波大学名誉教授)
月刊『致知』より

 

 

 

 
6月『甲府論語塾』

平成30年6月16日(土)10時~11時

開催場所 リフォームのふるや 会議室

甲府市朝気1-2-66

参加費 1組500円

問合せ先 リフォームのふるや

電話 055-237-0704

平日 9:00~16:00 土・日・祝日は除く

 

 

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