『伝えたいもの(正の木祭り)』(2014.5.3)

今日は、子どもたちが正の木祭りで山車を引かせていただきました。

毎年の恒例の行事となっています。

その場で、先輩と同級生がお祭りの運営をしてくれています。

一年に一度だけ再開して、話を少しだけするのですが、

元気にしているか気になります。

今年もお互いに元気で会うことがき、なんだか嬉しくなりました。

 

ところで、お祭りの方は子どもたちが山車を引く横で

一緒に『わっしょい』『わっしょい』と掛け声をかけました。

『わっしょい』と先頭のおじさんが言うと

みんなが『わっしょい』と言いながら練り歩くことで

なんだか、一体感が生まれてとても気分が良かったです。

 

そういえば『わっしょい』てどんな意味があるのか気になり調べました。

『わっしょい』」の語源は「和」を皆で背負う(しょう)の意味だそうです。

「和を背負う」和の心をもって平和を担ぐの意味があるそうです。

 

 

今日のお祭りを機会に、親が少しでも日本の心を理解して、

子どもに日本人としての心を伝えられればと思いました。

お祭りに参加することで、日本の伝統、文化にふれる機会を

与えて頂きありがたいことだと思いました。

 

 

1 みんなで山車を引いて『わっしょい』 平和の願い

1 みんなで山車を引いて『わっしょい』 平和の願い

 

過去3年間、毎年正の木祭りに参加させていただいた記録です。

 

『正の木祭り』(ブログ 2013年5月3日)

https://furuya-gas.com/?p=3163

今年のゴールデンウィークは (ブログ 2012年5月7日)

https://furuya-gas.com/?p=933

伝統を受け継ぐ大切さを実感(ブログ 2011年5月6日)

https://furuya-gas.com/?p=323

 

■ 今日の言葉 『教育勅語の真実』

 

軍国主義の象徴として  扱われてきた「教育勅語」とは、

いったいどのようなものだったのでしょうか。

その教えの真実は、  日露戦争後の海軍で起こった

以下の美談に垣間見ることが  できるように思われてなりません。

 

当時、日本は、 列強が競っていた潜水艇の開発に

遅ればせながら参入し始めていました。

ところが、ある日、  潜水訓練中に潜水艇が事故を起こし、

佐久間艇長以下の乗組員全員を  乗せたまま沈んでしまうという事件が起こったのです。

全員の生存が絶望視されるなか、

海軍は沈没した潜水艇を引きあげハッチをあけました。

こんな時、諸外国では、脱出しようとした乗組員が我先にとハッチに殺到し

周辺は修羅場になっていることが  常態だとされていました。

しかし、この潜水艇のハッチ周辺には  一人の死者もいなかったのです。

それどころか、全員が持ち場を離れることなく

生けるがごとくそこで亡くなっていました。

これがニュースとなって伝わると、  全国民がその事実に粛然となり

私を捨てて最後まで任務を  まっとうした帝国軍人の姿に感激するとともに

声をそろえてそのすばらしさを  賛嘆することになったのです。

しかし、国民の感動は  それで終わることはありませんでした。

その後に遺体のポケットから発見された

佐久間艇長が残した素晴らしい遺書の内容が

さらに大きな感動を呼んだからです。

遺書は、 「小官の不注意により陛下の艇を沈め、  部下を死なせてしまい、  誠に申し訳ない」

とまずお詫びの言葉で始まり、

「されど艇員一同死に至るまで、  皆良くその職分を守り、 沈着に事を処せり」

と、職務に殉じた部下の素晴らしさを  記しています。

そして最後に

「謹んで陛下に申し上げる。

我が部下の遺族をして、窮することなからしめ給はんことを。

我が念頭に懸かるもの、之あるのみ」

と結んでいたのです。

艇内の明かりも消え、徐々に乏しくなっていく空気の中で

最後の最後まで部下のことを思い、残されることになる家族の救済を

天皇に願っていたのです。

こうした部下への思いやりにあふれた指揮官と

その指揮官への信頼と忠誠心にあふれた部下を生み出した

根本にあるものは、まさに「教育勅語」の教えそのものでした。

 

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