以下は私のところに届いたメールです。
終戦直後に身に覚えのないスパイ容疑を受け、極寒のシベリアで強制労働を強いられながらも、ひたすら愛する妻子のもとに帰ることに生きる希望を見出しながら奇跡の再会を果たした時、既に51年もの歳月が流れていました。
その人の名は、蜂谷彌三郎氏。
【プロローグ すべてはこうして始まった 】 より
51年間のソ連抑留生活から解放されて、私が祖国日本に戻ってきたのは
1997年3月24日のことでした。
そして、51年の間、私の帰りを待ち続けてくれていた妻の久子と
一人娘の久美子との再会を果たしたのです。(中略)
私の手元には今でも大切にしている一枚の風景写真があります。
かの地で知り合い、37年もの間、日本人スパイというぬれぎぬを着せられた私を守り通してくれたロシア人女性クラウディアが、日本に帰国する私の荷物にそっと忍び込ませた写真です。
その写真の裏には、一編の詩が綴られています。
死ぬまでロシアで一緒に、という気持ちでいた私を、日本で半世紀も私の帰りを待ち続けていた妻のもとに送り返すにあたってクラウディアが書いた別れの詩です。
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「ときどき、思い出してください。
ロシアを、プログレス村を・・・
私たちは、思いもよらない人生での出逢いをしました。
似通った運命が私たちを引き寄せたのでした。
教会で結婚式を挙げずとも、誠実の誓いを行わずとも、
私たちの人生は誠実で、そして神聖でした。
私たちの暮らしは、決して裕福でも贅沢でもありませんでした。
私たちの人生は、常に恐怖のもとで過ぎ去っていったのでした。
どうか、あんな疑いが二度と繰り返されないように。
どうか、年老うるまで安らかに生き永らえますようにと、長い間、朝夕、祈っていたのでした。
一切の責任は戦争にあるのです。
私は、心からあなたを理解しておりました。
ご両親や弟妹、たった生後一年余りで別れた娘さんや奥さんがいる祖国を、
恋しく思うあなたの心のうちを・・・。
私たちは、こまごまとしたそのすべてを思い浮かべて、涙とともにいつも思い出話は尽きませんでした。
食事の時間も忘れて身を砕くようにして、ただ一心不乱に働きましたね。
そして、長い年月が流れました。
私たちはようやく、その人たちが健在であることを知ったのでした。
娘さんやお孫さんたち、それに年老いた奥さんが一途にあなたの帰りを待ち焦がれていることを・・・。
いま、年老いたあなたが多くの病を抱えて、一切が失われたようだった
祖国へやっと帰っていくのです。
奥さんや娘さん、お孫さんたち、弟妹、友人たちが待っている祖国へと・・・。
もはや私たちは、再び会うことはないでしょう。
これも私たちの運命なのです。
他人の不幸の上に私だけの幸福を築き上げることは、私にはどうしてもできません。
あなたが再び肉親の愛情に包まれて、祖国にいるという嬉しい思いで、私は生きていきます。
私のことは心配しないでください。
私は自分の祖国に残って生きていきます。
私は孤児です。
ですから、私は忍耐強く、勇敢に生きていきます。
私たちは、このように運命づけられていたのでした。
37年あまりの年月をあなたと共に暮らせたこと、捧げた愛が無駄ではなかったこと、私はこの喜びで生きていきます。
涙を見せずに、お別れしましょう。
過去において、もし私に何か不十分なことがあったとしても、
あなたは一切を許してくださると思います。
あなただけは、この私を理解してくださると信じています。
私が誠実な妻であり、心からの友であったことを……。
あなたたちの限りない幸せと長寿を、心から祈り続けることをお許しください。
1997年3月21日 クラウディアより
親愛なる彌三郎さんへ
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過酷な人生を強いられ、二つの国、二つの愛に生きた蜂谷さんは、「祖国から受けた恵み、受けた恩に対しては、お応えしなければならない。 大きな借りを抱えたまま、あの世に行くわけにはいかない。
そのためにも、生きて、この祖国の土の上に自分の足で立ち、 今日を迎えたというこの大きな感激、この大きな喜び、 言葉では言い表せない感謝の気持ちをなんとかして若い世代の人たちに伝えたい。
命の尊さというものについて知らせていきたい。
それが戦後の焼け野原から大きく発展した日本再建に 1本の杭も打ち込むことが出来なかった私の、せめてもの恩返しであると考えているのです」
と書かれている蜂谷さんの気持ちを、より多くの方に受け止めていただけたらと・・・
このような内容でメールは終わっていました。
日本政府の発表によれば、戦後ソ連に強制連行された日本人の数は56万人、うち53万人が現地で死んだそうです。
今私たちが日本でこうして幸せに暮らしていられるのは、多くの人先人たちの色々な苦労の上にあることを忘れてはいけないと思い知らされます。
■今日の言葉
「孝は私を破りすつる主人公なり」
(自分を生み育ててくれた親のことを思えば、悪事に手を染めることはできない)
中江藤樹(近江聖人と称えられた江戸初期の陽明学者)
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