『必ず訪れること。(感じたこと)』  2014.8.10

2014-08-10

今日は、妻の義父の三回忌で富士吉田に行ってきました。

台風の影響もあり、雨が降っていましたが墓参りの時は小雨となり無事に終えることが出来ました。

お寺の副住職様が法要の時に次のような話をされました。

確か『白骨の御文』と言われていました。

人間は必ず死ぬもので、いまだにどんないにお金があろうと権力があろうと誰が何百年の肉体を保ったでしょうか。

そんな寿命を授かった人が、いたなんてことを聞いた事がありません。

人の生涯は過ぎ去りやすいものです。

人間の生まれてから死ぬまでの間のことは、幻のような生涯です。

それゆえに、朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨となる身であります。

もはや無常の風が吹いてしまえば、即座に眼を閉じ、一つの息が永く絶えてしまえば、血色の良い顔がむなしく変わってしまい、

桃やすもものような美しい姿を失ってしまえば、一切の親族・親戚が集まって嘆き悲しんでも、どうする事もできない。

そのままにはしておけないので、野辺に送り荼毘に付し、夜更けの煙と成り果ててしまえば、ただ白骨だけが残るだけです。

哀れと言っただけでは言い切れない。人生の終わりは、年齢に関わりなくやってくる。

いくら、死の直前になって何かに頼り、祈ろうがそれは逃れられないことです。

そんなお話でした。

最後に次のように言われました。

『今日ここにこられたのは、亡くなられた方の為ではなく。

生きてる皆様方がそのことを自覚されるためであります。』

 

確かに、生まれたその瞬間から、死に向かっていくだけです。

それを空しいと感じるか、生きている間に何かを一生懸命にするかはその人次第だと感じました。

日々の生活に追われる中で、どれだけ死ぬと言うことの意味を本当に意識することが出来るのかと思いました。

 

 

 

■今日の言葉  『意識の差』

意識さえ高かったら

必ず技術は習得する。

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坂東玉三郎(歌舞伎俳優)

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