『私の失言ですか?伝えることの難しさ・・・。』(9月4日)

今朝の食事の時間のことです。

夏休みボケなのか?

最近、子供たちが朝食をいつまでも食べていて前よりも時間がかかっています。

いつも、食事が終わると私と妻にサプリメントを容器から3粒ずつ出してくれるのが日課になっていますが、なかなか出てきません。

あまりにも遅く食事が終わらないので、長女に

『おとうさんは、そろそろ仕事に行かなければならないので先に薬(サプリメント)をだしてくれる。』
とお願いしました。

すると娘が、だらだらと立ち上がり、容器から一粒ずつ出したと思ったら、その粒で人の顔を作り出しました。

(それがなかなかうまく出来ていました。)

娘が『見て、見て』と言った瞬間

私の中で何かが、切れる音がして

『もし、今日おとうさんが死にそうになって、会いに来たとき、何秒かの差で会うことが出来なければ、その薬を並べて喜んでいた時間をきっと後悔するぞ!』

と言いました。

その瞬間、隣で会話を聞いていた妻は、

てぬぐいで顔を覆い隠して、「ぷるぷる」と震えていました。

私は、てっきり「死んでしまったらという」という言葉に反応して困ると思い泣き出しているのかと思いきや

実は、まったく違う反応であったことを後で知りました。

それは、あまりにおかしくて我慢ができなかったそうです。

そして次のようにいわれました。

妻曰く

『あまりに言うことが極論過ぎて、おかしくなってしまい、心の中で「そんなときに死んだら寿命だよ!」と思ったそうです。』

そして次のように戒められました。
『言いたいことは立派だけど、出た言葉は最低だよ!』

まったくその通りだと反省をしました。

(結婚して8年いまだに、妻をよく理解していないことを反省)

実はこの背景には、ここ2日ばかりの周りで起こったことが関係しています。

身近な方が、亡くなりました。

知り合いのおじさんですが、去年の10月にはそのおじさんの奥さんも亡くなりました。
そのことは去年のブログに掲載しました。

詳しくはこちらをご覧ください。

https://furuya-gas.com/?p=1980

 

実は、その方の娘さんも今年なくなりました。

残された親族の方は、やはり色々な思い出と共に、もっとこう出来たのではと思う気持ちがあるようでした。

そんなことや昨日の夜にテレビで「千の風になって」を歌っているのをみて何を思ったか、「じいじに会いたいよ」と長女が突然泣き出しました。

そういえば、早いものでうちの父もそろそろ一周忌です。
何か、感じるものがあったのかもしれません。

子供に、時間の大切さを教えるのは難しいと感じた出来事でした。

 

 

■今日の言葉

 家庭というものは全く 人間生活の基礎であり民族興亡の拠所でありますから、これを出来るだけ 正しく、美しく、力強くしてゆかねばなりません。
 その為には、なるべく家族水入らずの気安さ、小ぢんまりとした手入れの とどく住宅、決して贅沢でない衣食、静かで、考える余裕のある生活、濫りにならぬ社交が必要であります。

『安岡正篤活学一日一言』より(致知出版社刊)

 

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