8月, 2014年

『雪害工事(物置、雨樋工事)』  2014.8.21

2014-08-21

2月の雪の被害による工事がまた1件終わりました。

足場や雨樋の材料不足などにより、お待ちいただいているお客様には

大変申し訳けありません。

今回は二階の屋根からの雪により、雨樋だけでなく物置と駐輪場も被害がありました。

無事に終わり、本当によかったです。

 

 

1 物置が屋根から落ちた雪で壊れました。

1 物置が屋根から落ちた雪で壊れました。

 

 

 2 物置の屋根がこんなにつぶれました。

2 物置の屋根がこんなにつぶれました。

 

 

3 工事完了 新しい物置6 工事完了 新しい物置

 4駐輪場の屋根も壊れました

4 tonarino

 

 

5 駐輪場の屋根の破片です

駐輪場の屋根の破片です

6 工事完了 駐輪場の屋根も直りました。

工事完了 駐輪場の屋根も直りました。

7 雨樋もこんな具合でした。

7 雨樋もこんな具合でした。

8 工事中 足場を建てました。

10 工事中 足場を建てました。

9工事完了 雨樋も新しくなりました。

工事完了 雨樋も新しくなりました。

■今日の言葉  『活学の心』
古典とは求める心があって読むから、

それを現実に活かすことができる。

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藤井實(エスケー化研社長)

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『大失敗(反省)』  2014.8.20

2014-08-20

つい先程、ブログを書いていたデータを誤って消しました。

保存し忘れて何も残っていません。

考えらる方法で手を尽くしましたが元に戻りませんでした。

相当な時間をかけてもう少しで仕上がるところだったのに

自分を『バカ、バカ、バカ』と罵りたい気分にさいなまれました。

その後

■今日の言葉 (ブログの最後にいつも書き込みます)

で選んだ内容に目をやり、『はっ』としました。

『その時その時、自分の為すべきことを正確に行うことである。』

出来ていませんでした。

ガ~ン

そして、『ふ』と顔を上げると日めくりに

次の言葉がありました。

 

事務所の日めくりです

 

2014082019250001.jpg

 

大きな文字の横に小さな字で

2014082019340000.jpg

 

悔しいやら、まだまだだな、と思うやらなんともいえない気持ちになりました。
皆さん、パソコンのデータはまめに保存しましょう。

 

 
■今日の言葉  『修養』
人間の修養は一つずつである。

その時その時、自分の為すべきことを正確に行うことである.
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森信三(国民教育の師父)
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『心に残ること(思い出)』 2014.8.19

2014-08-19

先日、8月16日の夜に燈篭流しを見に荒川に行きました。

子どものころに、なんとなく見た思い出がありますがいつのころだったか忘れました。

闇の中を少しの距離ですがゆっくりと流れていく燈篭の姿は、

命の儚さを思わせる幻想的な風景でした。

心に残る思い出の一つとなりました。

心に残るといえば、今朝そんなメールが私のところに届きました。

それは先月参加した研修会の報告を8月末に行うためレポートとしてまとめました。

一昨日、レポートの内容について意見をいただきたいと知り合いの方数名に郵送で送りました。

その返事が早くも今日の朝には、二人の先輩から届きました。

一人は、研修会で知り合った方です。

事細かな内容で時間をかけたであろう内容とお褒めの言葉をいただきました。

もう一人は、10年以上もお付き合いのある方です。

こちらのメールも、事細かな内容と自分の考えが述べられていて厳しくも暖かい内容でした。

お二人が、すぐに返事を送っていただいたことに感激しました。

そして思いやりにあふれるメールの内容を見てさらに感動しました。

人を思いやる心は、相手に届くように伝えるものだと教えていただきました。

私などは、いつも自分の思いが先にたって人のことを考えられない時があります。

忙しい中にも思いやる心を忘れないそんな心使いを感じられたことは思い出に残る出来事でした。

心に残る思い出には、うれしい事、悲しい事、懐かしいこと、悔しいことなど色々とあると思います。

その人の行動が、相手にとってうれしい事になるようなそんな行動ができる人になりたいと今日は思いました。

感謝

 

1  なんだかムーミンのニョロニョロみたいに見えました。

1 なんだかムーミンのニョロニョロみたいに見えました。

2  幻想的で魂のようです。

3 幻想的で魂のようです。

 3  最後は下流で回収されていました。環境への配慮ですね。

 

4 最後は下流で回収されていました。環境への配慮ですね。

 

 

4 花火も上がりました。

5

豆知識:ムーミンのニョロニョロ

ニョロニョロ

ニョロニョロとは

大きな群れで永遠にさまよい続ける、物言わぬ生き物。地平線を目指して旅をし、地平線を探り見つけてはまた旅に出る。

白く顔のないニョロニョロは、耳も聞こえませんし、話す事もしません。目はありますが、あまり見えません。

食べる事もしなければ、眠る事もしません。それゆえ感覚が研ぎ澄まされ、とても敏感です。

ニョロニョロは群れから離れないよう、互いにしっかり捕まり合っては、ゆらゆらと揺れています。

さまよう事以外、ニョロニョロは興味がありません。
■今日の言葉  『返事』
人に呼ばれて、直ちに、“はい”と返事をするのはスキのない人間だ。

暫くして返事をする人はスキだらけの人間だ.
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沢庵和尚(臨済宗の僧)

 

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『時期が来れば交換(排水・給水工事)』  2014.8.18

2014-08-18

お盆休み中に、会社の排水と給水工事を行いました。

新築工事をしてから、29年経過したからです。

いつも、お話をしている通り、永久に使えるものなどありません。

5月のイベント後に排水の詰まりがあり、排水枡を確認しました。

コンクリート枡の至る所に小さな穴が開いていました。

30年近く使用すればどこのお宅でも見られる状態でした。

補修をしてもすぐに穴が開くので思いきって取り替える事にしました。

掘り返すのであれば、同じように古い給水配管も新しくする事にしました。

排水の詰まりと同じように、漏水しないうちに一緒にできる工事はしてしまうに限ります。

これで後30年位は安心して使えます。

今回の場合は修理をしても、根本の解決にはなりません。

また、枡が壊れてそのたびに時間を取られないようにと思いました。

もちろん、工事をしてから故障をする期間にもよります。

家の中での排水管、給水管は目立ちませんがいつも私たちの生活に役に立ってくれています。

古い配管には『ご苦労様』といいたいと思います。

新しくなりこれからは、安心して使えます。

しばらく、このままの状態にしておいて

今週末には、コンクリート工事を行います。

 

1  コンクリートにカッターを入れました。

 

1  コンクリートにカッターを入れました。

 

 

 

2  カッター入れ完了

2  カッター入れ完了

3  ミニユンボで掘り返し

3  ミニユンボで掘り返し

 

 

4  排水管を敷設しました。

4  排水管を敷設しました。

 

 

5 給水管も敷設しました。

5  給水管も接続

 

6  メーターボックスも取替えました。

6  メーターボックスも取替えました。

7  埋め戻し完了

7  埋め戻し完了
■今日の言葉  『天職』

天職とは最初からあるものではなく、

後になってから分かるもの

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児玉典彦(下関市立川中中学校校長)
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『勇気だけを頼りに (お店リフォーム)』  2014.8.17

2014-08-17

今日は昨日まで会社の一部リフォームをしていたので、その片付けをしました。

机を移動したり、書類を整理したり

そんな作業の中で、ポップを店に貼り出しました。

妻がリフォームをする少し前に、お店のポップを作りたいと言いました。

何でも、どこかのお店のポップを見て

自分でも同じようなものが作れると思い

『住まいのふるや』に合ったポップを考えていたようです。

先日、大きな紙を買いに行きました。

そして、午前中から書き始めて完成しました。

写真の通りです。

皆さんお店に見に来てください。

実は、ホット情報の裏面やこのポップも

まったく下書き無しで書き上げます。

私のような小心者は、まず鉛筆で下書きをしてから書きます。

初めは、このやり方を見てこの人は何を考えているのか?

頭がおかしいのか?

と思いましたが、今では見慣れた光景となりました。

初めの時に、

『どうして下書きなしでそんなにサラサラかけるのかコツを教えてくれる。』
と聞いたところ

ただ一言

『勇気』と答えました。

確かに、勇気がなければこれだけの紙にサラサラと書く事はできません。

不思議な能力です。

 

店に入ると右側に見えますよ。

 

店に入ると右側に見いえますよ。
■今日の言葉  『心掛け』

何事も明日死んでも構わないような

心掛けで、精いっぱい取り組むこと。

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石川真理子(武家の娘の心得を現代に伝える文筆家)
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『会社のトイレが完成(トイレリフォーム)』  2014.8.16

2014-08-16

今日、会社のトイレリフォームが終わりました。

今まで、トイレが狭く何とかならないものかと考えていました。

これまでのトイレのスペースは、縦が約1m、横が85cm位の狭い部屋でした。

今回、下水道の工事をすることになり一緒に思い切って工事しました。

今度は縦が1m70cm 横が1m5cmと広くなりました。

手洗いと鏡もついて快適な空間です。

一般のお宅と違い、複数の人がトイレを使用するため長期の休みの時しかリフォームができません。

これで、今までやりたいと思っていてなかなか行動できなかった事のひとつが片付きました。

実際に行ってみると意外とスムーズに完成しました。

レイアウト変更もして、会社の中も整理ができたのは良かったことの一つです。

やりたいと思っていることで、なかなか踏ん切りがつかない事も計画を立てると

意外と簡単にできます。

そしてリフォームをすると不要な物が片付きます。

 

1. 工事前 狭かったトイレ

1. 工事前 狭かったトイレ

 

2 工事後 新しくなり広々としたトイレ

2 工事後 新しくなり広々としたトイレ

 

3 工事後 節水トイレになり、水の使用量が半分以下になります。

3 工事後 節水トイレになり、水の使用量が半分以下になります。

4 工事後 手洗いと素敵な鏡、タオル掛けがつきました。

4 工事後 手洗いと素敵な鏡、タオル掛けがつきました。

 

 

■今日の言葉  『竹のごとく』
倒されし竹はいつしか起き伸びて

倒せし雪はあとかたもなし

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佐藤義詮(大谷学園元理事長)
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『今日は終戦記念日(感じたこと)』  2014.8.15

2014-08-15

最近我が家では、戦時中の映画やドラマをよく見ています。

先日は、DVDで『永遠の0』を見ました。

今日、深夜にたまたまテレビをつけたら「東京が戦場になった日」が放映されいました。

少しだけ、見るつもりで結局終わりまで見ました。

あらすじは

1945年3月10日、東京。東京大空襲のあったこの日、

空前絶後の消防活動に身を投じた帝都の若き「消防隊員」たち。

戦争で敵と殺しあうのではなく、燃料も食料も不足する中で、

空襲の消火活動を徒手空拳で行え、と命じられた彼らをつき動かしたものは何だったのか。

若者の多くが戦地へ赴く中、徴兵を猶予された理科系・医科系の学生たちによる

『学徒消防隊』、満18歳に満たない少年たちによる『年少消防官』などの

消防隊員たちが危険にさらされた市民の命を救うため、

自らの命をかえりみず火の中へ飛び込んだ、知られざる人間模様でした。
当時の日本人それぞれに、色々な戦争体験があった事を感じました。
今日、届いたメールをご紹介します。

 

69回目の「終戦の日」となる今日、戦争を知らない世代が多くなった現代ですが、

「尊い命の犠牲のうえに今の平和な日本があるという事を 私たちは決して忘れてはいけない」

という思いは、当時「不沈戦艦」と言われていた大和に乗り組んだ

八杉康夫さんが語られる以下の言葉に出会った時一層強いものとなりました。

「若者よ、君たちが生きるきょうという日は

死んだ戦友たちが生きたかった未来だ」
乗組員三千余名。
全長263m、甲板から艦橋の高さ24mと、
昭和16年当時、最先端技術を結集し極秘裏に建造された
世界最大の戦艦「大和」。

戦艦大和の乗組員として、当時17歳だった八杉さんはその沈没を体験、

上官の命と引き換えに一命を取り留め、語り部としてその歴史の真実を伝え続ける氏が、

これからの日本を担う若者たちへ伝えたいメッセージと、

その思いを受け止めていただければと・・・
****************************

第一波、第二波と攻撃を受けるうち、
大和の後部が白煙を上げているのが私にも分かりました。

なおも攻撃が続けられ、魚雷が的中した時は
震度5にも感じられるほど激しく揺れました。

次第に船は傾いていきます。
砲術学校では、戦艦は15度傾いたら限界と習ってきましたが、
25度、30度とどんどん傾いていきます。
それでも、戦闘中は命令がない限り持ち場を離れることはできません。

その時「総員、最上甲板へ」との命令が出ました。
軍には「逃げる」という言葉はありませんが、
これが事実上「逃げろ」という意味です。

すでに大和は50度ほど傾いていましたが、この時初めて、
「大和は沈没するのか」と思いました。

それまでは本当に「不沈戦艦」だと思っていたのです。

もう海に飛び込むしかない。
そう思った時、衝撃的な光景を目の当たりにしました。

私が仕えていた少尉が日本刀を抜いたかと思うと、
自分の腹を掻っ捌いたのです。
噴き出す鮮血を前に、私は凍り付いてしまいました。

船はますます傾斜がきつくなっていきました。
90度近く傾いた時、私はようやく海へ飛び込みました。

飛び込んだのも束の間、
沈む大和が生み出す渦の中へ巻き込まれてしまいました。
その時、私の頭に過ったのは海軍で教わった
「生きるための数々の方策」です。

海軍に入ってからというもの、私たちが教わったのは、
ひたすら「生きる」ことでした。
海で溺れた時、どうしても苦しかったら水を飲め。
漂流した時は体力を消耗してしまうから泳いではならない・・・。

陸軍は違ったのかもしれませんが、海軍では「お国のために死ね、
天皇陛下のために死ね」などと言われたことは一度もありません。

ひたすら「生きること、生き延びること」を教わったのです。

だからこの時も海の渦に巻き込まれた時の対処法を思い返し、実践しました。
しかし、どんどん巻き込まれ、あまりの水圧と酸欠で次第に
意識が薄れていきます。
その時、ドーンという轟音とともにオレンジ色の閃光が走りました。
戦艦大和が大爆破したのです。

そこで私の記憶はなくなりました。

気づいたら私の体は水面に浮き上がっていました。
幸運にも、爆発の衝撃で水面に押し出されたようです。

しかし、一所懸命泳ぐものの、次第に力尽きてきて、
重油まみれの海水を飲み込んでしまいました。
「助けてくれ!」と叫んだと同時に、なんともいえない恥ずかしさが
込み上げてきました。

この期に及んで情けない、
誰にも聞かれてなければいいが・・・

すると、すぐ後ろに川崎勝己高射長がいらっしゃいました。
「軍人らしく黙って死ね」と怒られるのではないか。

そう思って身構える私に、彼は優しい声で
「落ち着いて、いいか、落ち着くんだ」
と言って、自分がつかまっていた丸太を押し出しました。
そして、なおもこう言ったのです。

「もう大丈夫だ。おまえは若いんだから、
頑張って生きろ」

4時間に及ぶ地獄の漂流後、駆逐艦が救助を始めると、
川崎高射長はそれに背を向けて大和が沈んだ方向へ泳ぎ出しました。
高射長は大和を空から守る最高責任者でした。

大和を守れなかったという思いから、死を以て責任を取られたのでしょう。
高射長が私にくださったのは、浮きの丸太ではなく、
彼の命そのものだったのです。

***************************

乗組員三千余名のうち、生き残ったのはわずか276名・・・

その後八杉さんは「自分だけが助かってしまった」
という罪悪感に苛まれていましたが、
「大和のこと、そして川崎高射長のことを、忘れたことはなかった」
と話される八杉さんに、ある日思いがけない出会いがありました。

****************************

昭和60年のことです。
いつもピアノの発表会などでお会いしていた女性から喫茶店に呼び出されました。
彼女は辺見さんが書かれた『男たちの大和』を取り出し、こう言ったのです。

「八杉さん、実は川崎勝己は私の父です」

驚いたなんていうものじゃありません。
戦後、何とかしてお墓参りをしたいと思い、
厚生省など方々に問い合わせても何の手がかりもなかったのに、
前から知っていたこの人が高射長のお嬢さんだったなんて・・・

念願叶って佐賀にある高射長の墓前に手を合わせることができましたが、
墓石には「享年31歳」とあり、驚きました。
もっとずっと年上の人だと思い込んでいたからです。

その時私は50歳を超えていましたが、
自分が31歳だった時を思い返すとただただ恥ずかしい思いがしました。
そして、不思議なことにそれまでの晴天が急に曇天となったかと思うと、
突然の雷雨となり、まるで「17歳のあの日」が巡ってきたかのようでした。

天皇も国家も関係ない自分の愛する福山を、
そして日本を守ろうと憧れの戦艦大和へ乗った感動。
不沈戦艦といわれた大和の沈没、原爆投下によって被爆者になる、
そして、敗戦。

そのすべてが17歳の時に一気に起こったのです。
17歳といえば、いまの高校2年生にあたります。

最近は学校関係へ講演に行く機会もありますが、
現在の学生の姿を見ると明らかに戦後の教育が間違ったと思わざるを得ません。

いや、生徒たちだけではない。
間違った教育を受けた人が先生となり、親となって、
地域社会を動かしているのです。
その元凶は昭和史を学ばないことにあるような気がしてなりません。

自分の両親、祖父母、曾祖父母がどれほどの激動の時代を生きてきたかを知らず、
いくら石器時代を学んだところで、真の日本人にはなれるはずがない。
現に「日本に誇りを持っていますか」と聞くと、学校の先生ですら
「持ってどうするんですか?」と真顔で聞き返すのですから。

よく「日本は平和ボケ」などと言われますが、
毎日のように親と子が殺し合うこの日本のどこが平和ですか?
確かに昔も殺しはありました。
しかし、「殺してみたかった」などと、意味もなく殺すことは
考えられませんでした。

真の平和とは、歴史から学び、つくり上げていくほかありません。
鶴を折ったり、徒党を組んでデモをすれば天から降ってくるものではないのです。

しかし、1流の国立大学の大学院生ですら、
「昭和史は教えてもらっていないので分かりません」と平気で言います。
ならば自分で学べと私は言いたい。

自分で学び、考えることなしに、自分の生きる意味が分かるはずがないのです。

人として生きたなら、その証を残さなければなりません。
大きくなくてもいいのです。
小さくても、精一杯生きた証を残してほしい。

戦友たちは若くして戦艦大和と運命をともにしましたが、
いまなお未来へ生きる我々に大きな示唆を与え続けています。

復員後、長く私の中に渦巻いていた
「生き残ってしまった」という罪悪感は、
いま使命感へと変わりました。

私の一生は私だけの人生ではなく、
生きたくても生きられなかった戦友たちの人生でもあるのです。
うかうかと老年を過ごし、死んでいくわけにはいきません。

未来の日本を託す若者たちが歴史を学び、
真の日本人になってくれるよう私は大和の真実を語り続け、
いつか再び戦友たちに会った時、
「俺も生かされた人生でこれだけ頑張った」
と胸を張りたいと思います。
八杉康夫 (戦艦大和語り部)

『致知』2006年7月号
特集「人学ばざれば道を知らず」より

■今日の言葉  『よく働きよく生きる』
よく働いた者がよく眠るのと同じで、

よく生きた者がよく死ぬことができる
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中川一政(画家)
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『29年間ありがとう(トイレリフォーム)』  2014.8.14

2014-08-14

お盆休みを利用して、お店の排水工事とトイレのリフォームをしています。

古屋商店が、甲府の青沼から朝気に移転してもう、29年が経過しました。

今年の5月24日にコテコテ市をお店で開催した翌日

排水の詰まりに気がつきました。

前日、沢山のお客さんがご来店いただき、いつもより多くトイレを使用したのが原因で詰まったようでした。

排水枡を開けてみると古いため、そこかしこに傷みがあります。

これは修理よりも思い切って排水のリフォームをする必要があると考え計画を立てました。

排水工事は、水が流せなくなります。

色々と考えをめぐらし、狭いトイレを広げるリフォームも一緒にすることにしました。

工事の時期を考え検討した結果、8月のお盆に工事をする事にしました。

その為、お店は現在工事中です。

愛着のある便器ともこれでお別れです。

29年の長い間ご苦労様でした。

 

1 工事前 29年間ありがとう。

 

1 工事前 29年間ありがとう。

 

2 工事中 撤去された便器を見てなんだかさびしい気持ちになりました。ご苦労様でした。

2 工事中 撤去された便器を見てなんだかさびしい気持ちになりました。ご苦労様でした。

 

そういえば、ブログでお盆休みの事をお知らせしていない事に気がつきました。

住まいのふるや古屋商店は8月17日日曜日までも休みをいただきます。

8月18日より平常通り営業し取りますので宜しくお願い申し上げます。

 

 

■今日の言葉  『雑な心』
もともと、世の中に、

雑用というものはありません。

雑な心でするから、 雑用になるだけのことです。

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鍵山秀三郎 (日本を美しくする会 相談役)
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『季節を感じる行事(お盆)』  2014.8.13

2014-08-13

今日は、朝から墓参りに行ってきました。

子供たちも、いつもより早く起きました。

みんなでお墓の掃除をしてお線香とお花をあげてきました。
そういえばお盆てどうしてあるのか気になり調べてみました。
仏教では、地獄の苦しみをうけている人々をこの世から供養することの功徳によって、その苦しみを救いたいという行事で、

今の自分があるのは、ご先祖さまのお陰であると感謝する先祖崇拝の心と合体したものです。

それが日本に伝えられ農耕儀礼や祖霊祭祀などが融合しと考えらています。

日本で初めてのお盆法要は、西暦606年の7月15日に推古天皇が斎会(僧尼を招いて斎食(さいじき)を施す法会。)を営んだという記録が残っています。

江戸時代までは貴族や武家などでお盆の行事が行なわれていて、一般庶民の間で定着したのは江戸時代からだそうです。

 

よく「盆と正月」なんて言います。

これは、江戸時代にお正月とお盆にしか、奉公人は休みを取れませんでした。

その時、実家に帰ることが出来る時期で、これを「藪入り」と言ったそうです。

当時は、仕事を見習うために、職人・商人ともに、十三・四歳頃から師匠や商家を選んで丁稚奉公にでました。

当時は、数少ない帰省の機会でした。

お盆は、日本人にとって長い歴史の中で大切な行事だと感じました。
そういえば、うちのお寺では住職が変わりました。

以前の住職が、高齢になり若い住職に交代するそうです。

11月に交代の式があると今日、家にこられた若い住職が言ってました。

 

夜には、家の前で迎え火を焚きました。

 

2014081318400000.jpg
■今日の言葉  『人生は公平』
人間は恵みの生活ばかりでは決してない。

人生はプラスマイナスゼロ。

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嘉納愛子(107歳の声楽家)
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『しらす干しの気持ち(食べ物の大切さ)』   2014.8.12

2014-08-12

我が家の朝食の出来事です。

最近、夏休みボケなのか朝起きるのが遅い子供たちにホトホト手を焼いています。

子供たちを見ていて、毎日が日曜日のような暮らしをしていると人はこのようになるのかと感じます。

今日はたまたま、長男が一番先に起きてきましたが朝食の準備はしたものの

ダラダラと食べては休み、食べては休み食事が進みません。

 

それを見ていていよいよ我慢が出来なくなった妻が

たまたま、おかずの一つとして食卓にあった、しらす干しの事を話しました。

『あ~かわいそうに、このしらす干しも家族と離ればなれになり、知らんおっちゃんと一緒に捕まえられて

命を取られてここまで来たのに、誰も食べないなんて、あ~ かわいそう、かわいそう、きっとお前も生まれ変

わればしらす干しになるよ。

だって、そのしらす干しが神様に、「今度あの人が生まれ変わるときはしらす干しにしてください。」てお願いするから』

ここまでは、多少の矛盾はあっても食べ物の大切さを教えているのでなるほどと思いました。

その後、子どもにでも

『一緒に入っているタコやイカは?』とでも言われたのでしょう。

 

タコとイカの話を始めました。

『タコやイカは重宝がられるんだよ。しらす干しと一緒に捕まっても珍しいから』

なんだか話の本筋がよく見えなくなって来たお話でした。
それにしても話し口調は、昔のお祭りのてき屋のおやじさんが子どもたちに物を売るのを思い出させてくれる感じがしました。

これなら、紙芝居のおじさんの後を受け継ぎ紙芝居を出来るのは妻以外いないと思える話し方です。

ちなみに紙芝居のおじさんはこちらのおじさんです。

http://furuya-gas.com/?p=75
それにしても、裕福な今の時代に食べ物の大切さを教えるのは難しいことです。

いままで日本人が歩んできた歴史の中で、ここ30年位は、世の中に一番物があふれるほどある時代です。

これは、今まで誰も経験したことのないため、この状況の中で子どもたちに、物の大切さを教えることがどうしたら出来るのか?

親としては、考えていかなければいけないと思いました。

 

ちなみに、このブログを掲載する事は、妻は了解済みです。
■今日の言葉  『外面と内面』
外側を変えようとするよりも、

自分の内面を変えるほうが

問題は速やかに解決に向かう。
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太田勝久(弁護士法人太田・小幡綜合法律事務所代表)
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